心はいつも「満たされない」状態にあります。貪欲で、さらに多くのものを求めているのです。思考を、「本当の自分」と同一視していると、なんにでもすぐに飽きがきて、決して足ることを知りません。退屈とは、思考がさらに多くの刺激を求めていること、もっと多くの「餌」を求めていること、そしてその飢えが満たされていない心理状態を意味しているのです。スピリチュアルヒーリングを必要としている状態です。「つまらないなあ」。こう感じているとき、雑誌をめくってみたり、電話でおしゃべりしたり、テレビをみたり、ネットサーフィンしたり、買い物したりすることで、心の飢えを満たすことはできます。あるいは、心の欠乏と必要を身体上の飢餓感に置き換えて、過食することで一時しのぎの満足感を補おうとするケースも、決して珍しいことではないのです。でもこれからは、かわりにこんな方法を試してみてはいかがでしょう。退屈と欲求不満の状態にとどまり、それが「どんなふうに感じられるか」を観察してみるのです。意識を感覚に注いでみると、突如として、感覚の周囲にいくらかの「空間」と「静止状態」を感じはじめます。最初のうちは、ごくわずかかもしれませんが、内なる空間の感覚が拡大するについて、退屈という感覚は、強度においても、重要性においても、弱まりはじめます。つまり、退屈という感覚でさえ、「自分が誰であり」、「自分が誰でないのか」を教えてくれる「道標」に利用することができるのです。こうして、「退屈している人間」は、「本当の自分」ではないことを発見します。退屈とは、簡単にいえば、わたしたちの中にある、条件づけられたエネルギー・パターンの1つなのです。どうですか。