「おおいなる意識」は、観察者と非観察者を、統一の意識の場において、一つにつなぎとめます。それは、分離の傷を癒すのです。スピリチュアルヒーリングの実践の一つと言えるでしょう。強迫的な思考にとらわれているときにはいつでも、「あるがまま」に抵抗しているサインです。自分が現在いるところに、自分の「いま」「ここ」にいたくない、という気持ちの表れです。いかなるドグマ(教理)も、それが、宗教上のものであれ、政治上のものであれ、科学的なものであれ、言葉によって真実を言い表すことができるという誤解から生まれたものに過ぎません。ドグマとは、集合的な観念の牢獄です。そして、とても奇妙なことに、人間は自らの牢獄を愛しているのです。なぜでしょうか?その理由は、ドグマは人間に一種の安心感と、「わたしは知っている」という偽りの感覚を与えるからです。ドグマ以上に、人類を苦しめてきたものはありません。どのようなドグマも、遅かれ早かれ、真実のよってその虚偽が暴かれ、一つ残らず消え去る運命にあります。けれでも、真実によってその根本的な幻想が明らかにされるまでは、ドグマは、つねに別のドグマにとって代わられるという交代劇がくり返されるのです。では、その根本的「幻想」とはなんでしょうか?それは、思考と「本当の自分」を同一視してしまうことです。スピリチュアルな覚醒とは、「思考の夢」から目覚めることです。意識の次元は、とてつもなく広大無辺です。ですから思考など、とうてい及ぶべくもありません。自分の考えを一から十まで信じるのを止めたとき、あなたは思考の檻の外へと、一歩あゆみ出ることができます。そして、「本当の自分」が、わかるでしょう。